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2007年7月

2007年7月12日 (木)

控訴理由

小学館サライ著作権侵害裁判」控訴から一月を経て、ようやく控訴状が届いた。
なにやら、地裁と高裁では書類の綴じ方が違うとかで、時間がかかると弁護士から聞いていたのであるが……。

「原判決には、事実認定及び法令解釈適用の誤り並びに理由不備の違法があるため、控訴人敗訴部分を取り消すこと、被控訴人の請求を棄却すること、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とすること」だ。

「違法がある」とは笑っちゃうね!
「違法がある」のは、誰の目にも(どうひいき目に見ても)被告小学館なのに、知財高裁で再び世間に恥をさらそうとでも言うのであろうか?
まあ、小学館による他の著作権侵害の噂も絶えないから、相当にマズイとでも思っているに違いない。

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2007年7月 8日 (日)

公衆送信権と送信可能化権

公衆送信権と送信可能化権についてフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によると

■公衆送信権
公衆送信権(こうしゅうそうしんけん)は、著作権の一部で、公衆によって直接受信されることを目的として著作物の送信を行うことができる権利である。
公衆送信権に関連する権利として、送信可能化権、伝達権がある。(出典:フリー百科事典『ウィキペディア Wikipedia』

■送信可能化権
自動公衆送信し得る状態に置く送信可能化行為を、著作権の対象とすることで、著作権者の権利行使を容易にしている。(出典:フリー百科事典『ウィキペディア Wikipedia』

小学館サライ著作権侵害裁判」で、大きな争点の一つが公衆送信可能化権侵害があったかどうかだったが、判決(23~24頁)では下記の理由で棄却された。

(原告撮影写真のデジタルデータを)―般社員が閲覧可能な状態に置かず、準備作業を行っていた社員4人においてのみ閲覧可能な状態で保存していたことに、不合理な点は認められない。
…中略…
そして、他に、本件デジタルデータについて、自動公衆送信し得るようにしていたことを裏付ける証拠はないから、これを認めることはできない。

まあ、デジタルデータをハードディスクのサーバ」という珍しいコンピュータに保存していたり、明らかな違法行為である無断複製をするような輩がわざわざ「本件契約書式に基づく合意が成立していない写真家」のデータだけを社員のパソコンからアクセス出来ない(準備作業を行っていた社員4人においてのみ閲覧可能な)別のデータベースに保存していたなどとは、にわかに信じられないのではあるが、「裏付ける証拠はないから」と切り捨てられてしまったのは残念である。

最近、小学館がデジタル雑誌として創刊した7つの雑誌については、元々配信目的で創刊されたわけで、当然公衆送信を前提に撮影されているはずであるから問題はないだろうが、紙の雑誌をWEB上で閲覧可能としている場合には公衆送信のための契約が締結されていなければ「送信可能化権侵害」となるわけで、今後も注意深く見守る必要がある。

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2007年7月 6日 (金)

物言えぬ写真家たち

「宣伝会議」との著作権侵害裁判を戦った写真家A氏は自身のブログ
「…継続して仕事をもらうために、ことを荒立てるより、泣き寝入りで我慢するのである。」

と、「写真家の権利を普通に主張し、写真家の財産を守るべくために、立ち上がった」写真家A氏以外の写真家たちの立場について述べているが、これは「小学館サライ著作権侵害裁判」についても全く同じ。

被告小学館が写真貸し出し業に利用するために無断複製を行った可能性のある写真家数は実に100名以上にもなり、うち数名の無断複製は確認済みなのだが、小学館に対して異議を申し立てたのは原告ただ一人。

写真使用契約書」は任意の契約だとの説明で契約しなかったために仕事を切られ、他社の仕事にも影響を及ぼされた原告の姿を見れば、誰だって生活を犠牲にまでして異議など申し立てたくはないであろう。

しかしながら、小学館は近々大改正が行われようとしている著作権法を睨み、掲載写真のデジタルデータベース化、ポジフィルム所有権の主張、雑誌のネット配信などの既成事実を積み重ね、着々とジャイアン化(お前のものは俺のもの、俺のものも俺のもの)を進行させているのである。

著作権をないがしろにするジャイアン的な出版社にとって、「物言わぬ(言えぬ)写真家たち」の存在は、まさに思う壺。
立法の現場は多数決が大原則ではあるが、「声の大きい方」の意見が通りやすいことも事実。気がついたら「著作権」というトーゼンの権利が絵に描いた餅に成り下がっていた…などということがないように願いたいものである。

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2007年7月 3日 (火)

踏み絵

ここ数年、出版不況を反映してか出版社から写真家に不利な契約を一方的に押し付けられるケースが増えている。

著作権を出版社に帰属するという契約、通常の一回使用権を拡大し使用権を出版社側に帰属するようにし、無料で自由に使用できるとする契約、出版社がデジタル化したデータを第三者に貸し出し、出版社側が五割もの使用権料や手数料を徴収するというものなど様々である。なかには契約内容そのものが「守秘義務」であるとする契約書まで存在する始末。

大手出版社においてもこの例外ではなく、デジタル時代の到来を反映し電子メディアへの利用、公衆送信権などといった用語が並べられた契約書を一方的に提示され署名捺印することを求めらる。

小学館サライ著作権侵害裁判」は、このような状況の中で引起された悪質な著作権侵害事件であり、「写真使用契約書」がすべての始まりだった。

「納得できないけれども、この契約書にサインしなければ仕事がなくなってしまうかもしれない」という写真家の心理につけ込んだ巧妙な一種の踏絵のようなものともいえる。

原告も5年間ほど継続的に仕事依頼を受けていた小学館サライ編集部から、撮影したオリジナルポジをデジタル・データベース化しフォトエージェンシー業に利用するという契約書を提示されたのだが、出版社にかなり有利な内容となっていた。担当者は「契約は写真家の自由であり、契約有無で(サライの)撮影依頼は左右されない」と明言したため、この契約を断ったのだが、実際にはその4ヵ月後からは仕事の依頼は全くなくなり、経済的にも大きな打撃を受けた。

サライの企画に原告を推してくれたライターに対して、この担当編集者は「いやぁ~、今回は別のカメラマンを考えていたんだけれども…」「(著作権)にうるさくない人をお願いします…」などと語ったという。

考えようによっては、それだけ出版社側にも写真家の権利というものが理解され浸透してきたともいえ、これまで「通例」と言う曖昧だった約束事を写真家と出版社が契約書を交わし明文化するということ自体は歓迎すべきことだろう。

しかしながら現実は前述のように、出版社側とってに都合の良い「契約書」という名の「踏絵」が一方的に提示されているのが現状で、苦しい台所事情の出版社側がなりふり構わぬ行動に出たともいえる。

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