2008年6月27日 (金)

偽証罪

「金色のガッシュ!!」原稿紛失事件で小学館を提訴した漫画家の雷句誠氏は自身のブログの中で
「裁判所に提出する文書です。ウソを書いて提出すれば罪になる事ぐらい、自分は知っています。」と書いているが、これは間違いである。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によると
『偽証罪が成立するためには、「自己の記憶に反した陳述」(故意)であることが立証されることが必要であり、「陳述内容が客観的真実に合致していない」(過失)だけでは偽証罪は成立しない。
また、偽証罪の対象は「法律により宣誓した証人」(法廷証言)に限られるため、書証として提出される陳述書の偽証(虚偽記載)は、もとから偽証罪の対象とはならない。』

(出典:フリー百科事典『ウィキペディア Wikipedia』)

となっているため、裁判所へ提出する陳述書や準備書面などの虚偽記載では偽証罪の対象にはならない。

実際、小学館サライ著作権侵害裁判の被告である小学館側の準備書面や陳述書には数多くの虚偽記載が見られるが、事実無根の悪意に満ちた内容であるにもかかわらず、この証言(聞き取り調査などを代理人がまとめた書面)をした編集者は罪には問われてはいない。
もちろん、虚偽が判明すれば裁判上、不利になることは当たり前なのであるが、そのリスクを犯してまで虚偽を述べたてるのである。
裁判官に悪い印象を植え付けるための戦略なのかも知れないが、これまで一緒に雑誌作りをしていた編集者も、裁判となると一転して会社のために平気で嘘をつく

写真のポジ原稿を引渡す際には、時間の許す限りマウントしたものを引渡しており、さらいについても例外ではなかったのだが、現編集長のOJ氏(提訴時の副編集長で問題発覚時の交渉担当者)は、自らが設問したアンケートに対して
「マウントとマウントなし(スリーブのまま)の割合は半々ぐらいでした。」
と、回答しているが、実際には現編集長OJ氏へ引渡した195本のフィルムでスリーブの状態で引渡したものは1本もなく、すべてマウントした状態のポジフィルムを引渡している。

上記の例、現編集長の回答については「記憶違いだった」の一言で済まされてしまう可能性もあるが、以下の例は全くの捏造、誹謗・中傷の類である。

『O氏は、回答書4~5頁において、「加藤氏から請求のあった経費の中で、宿泊ホテル代の明細に「有料ビデオ」代が含まれていたため、仕事とは関係ないと判断し、ビデオ代を差し引いた金額を支払ったことがある。」などと述べています。
しかし、私が控訴人に請求したことがあるのは、フィルム代、現像代、交通費のみであり、宿泊費は一度も請求したことはなく、当然、請求していない宿泊費に何かが含まれて支払われることもありえません。ここまでくると、こうした回答は、単なる勘違いや混乱というよりも、私に対する中傷を意図したものと思えてきます。』控訴審・陳述書(4)(被控訴人 平成19年11月22日付)

回答したサライの担当だった女性編集者O氏は、裁判の中で誹謗・中傷とも取れる捏造した回答をしていながら、法廷証言ではないから罰せられることもない。
この担当編集者は、一度も請求したことも支払われたこともない宿泊費から有料ビデオ代を差し引いて支払ったというのだから、呆れるしかない。
これが日本を代表する大手出版社(だった??)小学館の今の姿である。

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2008年6月17日 (火)

原稿紛失

原稿紛失という問題は、なにも小学館に限ったことではない。
しかしながら、当方が提訴した「小学館著作権侵害裁判」にせよ漫画家の雷句誠氏が提訴した「金色のガッシュ!!」原稿紛失事件にせよ、なぜか小学館が引き起した原稿紛失事件が突出して問題がこじれているように見受けられる。
これはもちろん、著作物たる「原稿」を大切に扱わないと言う、小学館の誤った著作権認識により引き起こされたものなのだが、裁判の中で「原稿」について被告小学館が主張している内容は、誰が見ても無理がある驚くべきものだ。
愕然とする内容ではあるが、裁判の中での主張であるから、当然だが小学館の「原稿」への考え方が、そのまま反映されている。

被告準備書面(1)11ページ(PDFファイル)
 『被告は、引渡を受けたポジフィルムについては、自己の所有物であるから、サライに掲載使用したか否かに関わらず、管理処分権を有している。つまり、サライ発行後もこれを保管するか破棄するかは、法的には被告が任意に決定しうる問題である。
 サライ編集部において、掲載使用しなかったポジフィルムを順次写真家に渡すのは処分行為であり、借り受けた他人の財産を返還しているのではない。』

被告小学館の主張する「借り受けた他人の財産」、すなわち写真原稿にせよ、漫画原稿にせよ、他人の「著作物」とは考えていないのである。
他人の「著作物」ではないものを大切に扱うハズはないし、たとえ紛失したとしても「自己の所有物」の紛失だから損害は生じない……のだと。
紛失しても誠実に対応しないのも当たり前、話がこじれるはずである。

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2008年6月 8日 (日)

お家芸?

小学館が週刊少年サンデーで「金色のガッシュ!!」を連載していた人気漫画家、雷句誠氏のカラー原稿を5枚紛失したとして損害賠償請求訴訟を起こされたと言うニュースが駆け巡った。
それに関係するのかどうかは不明ではあるが、当ブログと「小学館著作権侵害裁判報告」サイトへのアクセス数がここ数日激増している。

漫画のオリジナル原稿の価値について論じる立場にはないけれど、小学館が紛失してしまったポジフィルムに対する「補償金」を1点あたり10万円支払った例を考えると、人気漫画家が手書きした原稿を紛失してしまった「補償金」にしては、相当に作者をバカにした金額に思える。

小学館は「小学館著作権侵害裁判」でも写真の原稿、ポジフィルムを大量に紛失しているが、小学館側はフィルムや現像代などの「材料費」を支払っているから著作権は写真家にあるもののフィルムの「所有権」は小学館にあるなどと主張する始末。

今回の雷句誠氏の裁判でも、「紙やインク代は支払った原稿料に含まれている」ので材料費は小学館が支払っているのであるから原画の所有権は小学館にある……などと主張するかもね?
写真に限らず、著作者から預かった原稿を紛失するのは小学館のお家芸?

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2008年5月18日 (日)

メンツ

昨年の暮近くの「小学館サライ著作権侵害裁判」が「近々和解するらしい」という話に続いて、今年3月小学館関係者から「上層部は既に諦めた」という情報を耳にした。
それにしては、先方の弁護士からの主張は相変わらずで、昨年10月、現編集長が担当編集者8人へのアンケート調査と称した書面30頁を含む超大作反論に引き続き、3月にはそれを遥かに上回る超・超大作の書面が届いた。
中には上智大学法科大学院教授であるが、偶然オイラと一文字違いの加藤雅信氏による昨年5月30日の東京地方裁判所の判決についての「鑑定書」なるものまで含まれる始末で書面を確認するだけでも大変な作業であった。

そんな中、とある会合の席で某写真団体メンバーに小学館上層部からこの裁判について「顧問弁護士としてのメンツがありますから……」という言葉が伝えられたと直接本人から聞いた。
先の小学館関係者からの「上層部は既に諦めた」という情報と総合すると、「小学館上層部は既に諦めたけれど弁護士が小学館の顧問としてのメンツがあるから裁判は続いている」とも読み取ることが出来る。
もっとも、これも「強欲写真家」と一緒で、情報操作の一環かもしれないけれど、それにしても、メンツとはねぇ~。
メンツに振り回されるこちらの身にもなって欲しいものであるが、控訴審裁判の方は、そんなことには関係なく、判決の方向へと着々と進んでいる。

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2008年5月16日 (金)

強欲

出版社が集まる、とある会合で「強欲カメラマン」云々ということが話題にされていたそうだ。これは伝聞などではなく、この会合に出席した某編集者から直接訊いたものなので間違いはない。
オイラの小学館との裁判について知っていたこの編集者は、オイラのことを指していることはすぐに分かったと言っていた。

それにしても「強欲」とは言ってくれるじゃないか!
ホントに「強欲」なら、なにも多くの仕事を失う覚悟(実際、失っているが)で日本を代表する大出版社の一つに対して裁判など起こすわけがない。
アメリカ並に数億円との判決が出るのならまだしも、どう考えても日本の司法制度の下では割に合わないから……。

提訴したのは、著作者に無断でサライに掲載された写真を、社内外で有効利用するという名目でデジタル化し、勝手にフォトエージェンシー業に利用しようとしていたからに他ならない。
しかも、オイラの他に100名以上の写真家にこの可能性があることも分かったから、なおさらである。

無断複製とともに多くのポジフィルムも紛失されてしまったため、多くのフォトエージェンシーや写真家協会が使っている「写真ネガ保険」適用の際の最低価格であるポジフィルム1点15万円で損害賠償を起こしたわけなのだが、昨年の東京地方裁判所の判決では2万円との判決であった。

「お前のものは俺のもの、俺のものも俺のもの」とするジャイアン的出版社とどっちが「強欲」なのか、よ~く考えてみよう!

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2008年5月15日 (木)

ポジフィルムの価値

昨年5月30日の東京地方裁判所の判決では、ポジフィルム1枚の価値を2万円と認めた。
請求の15万円からするとずい分と安い判決ではあるが、何かにつけて企業に有利な判決が出ることが多い日本の民事裁判ではいたし方があるまい。

しかしながら、今年に入って、小学館が借り受けたポジフィルムを紛失した際の賠償金を「お詫び金」と称してポジフィルム一点について10万円を支払った事実が判明している。
しかもこれは、役員が決定に関わっているから、ポジフィルム紛失時の小学館としての正式な「賠償額」ということになる。

小学館でポジフィルムをなくされた皆さ~ん、ポジフィルム1枚の価値は10万円ですからね~。

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2007年12月 1日 (土)

身に覚えのない…

とあるサライ関係者から、この裁判「小学館サライ著作権侵害裁判」が「近々和解するらしい」という話を聞いた。
これは訴えを起こした当人が知らないビックリするような、まったく身に覚えのない話。

まあ、確かに東京高裁では現在、裁判官から和解に向けた提示がなされているわけではあるが、これは2007年9月13日に知財高裁815号法廷で行われた控訴審第1回期日で裁判長が裁判官を指名して指示した「判決以外」の解決方法について話し合いが行われているだけであって、昨年も東京地裁において和解協議と裁判が同時進行していたのと同様であり、現時点では何の決定もない。
むしろ先日の期日(11月27日)で前々回期日(10月25日)に双方納得の上、裁判官に託した和解案の文面について難癖を付けたのは控訴人(小学館)の方であり、持ち帰って(他の写真家や著作者等への)波及効果を検討するそうである。

もしかして、「和解するらしい」というまことしやかな話、これって和解が不調に終わった時に、あたかもこちらサイドが無理難題を主張したから和解が崩れたよう印象付けるための工作か??

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2007年8月28日 (火)

難癖を付ける

「難癖を付ける」
些細(ささい)な欠点を見つけて、意地悪く非難すること。
使用例:「難癖を付けて金品をゆする」
三省堂「大辞林 第二版」より

「小学館サライ著作権侵害裁判」の控訴理由書で小学館は、オイラが公開しているWEBページやこのブログは元より、写真家協会が発行する「日本写真家協会会報」記事署名活動にまで難癖を付けている。

この裁判、取引に関する「極めて個人的な問題」なんだとさ……。
写真家協会会報に掲載された記事内容が「全写真家の問題であるかのように装って裁判の経過や原判決の検証を掲載し」、社団法人である協会が正式な会報虚偽の報告を行っているのだとか。
また、署名活動については「多くの写真家らに対して、事実を歪曲して伝え」て行ったものなのだと。

まあ、この控訴理由書、28ページにもおよぶ「力作」なんだけれども、そのほとんどが地裁で主張していた内容を繰り返しているに過ぎないのだけれど、新鮮味があるとすれば、最後の1ページに書かれた「難癖を付けた」部分くらいかな??

いよいよ、末期的症状か??

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2007年7月12日 (木)

控訴理由

小学館サライ著作権侵害裁判」控訴から一月を経て、ようやく控訴状が届いた。
なにやら、地裁と高裁では書類の綴じ方が違うとかで、時間がかかると弁護士から聞いていたのであるが……。

「原判決には、事実認定及び法令解釈適用の誤り並びに理由不備の違法があるため、控訴人敗訴部分を取り消すこと、被控訴人の請求を棄却すること、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とすること」だ。

「違法がある」とは笑っちゃうね!
「違法がある」のは、誰の目にも(どうひいき目に見ても)被告小学館なのに、知財高裁で再び世間に恥をさらそうとでも言うのであろうか?
まあ、小学館による他の著作権侵害の噂も絶えないから、相当にマズイとでも思っているに違いない。

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2007年7月 8日 (日)

公衆送信権と送信可能化権

公衆送信権と送信可能化権についてフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によると

■公衆送信権
公衆送信権(こうしゅうそうしんけん)は、著作権の一部で、公衆によって直接受信されることを目的として著作物の送信を行うことができる権利である。
公衆送信権に関連する権利として、送信可能化権、伝達権がある。(出典:フリー百科事典『ウィキペディア Wikipedia』

■送信可能化権
自動公衆送信し得る状態に置く送信可能化行為を、著作権の対象とすることで、著作権者の権利行使を容易にしている。(出典:フリー百科事典『ウィキペディア Wikipedia』

小学館サライ著作権侵害裁判」で、大きな争点の一つが公衆送信可能化権侵害があったかどうかだったが、判決(23~24頁)では下記の理由で棄却された。

(原告撮影写真のデジタルデータを)―般社員が閲覧可能な状態に置かず、準備作業を行っていた社員4人においてのみ閲覧可能な状態で保存していたことに、不合理な点は認められない。
…中略…
そして、他に、本件デジタルデータについて、自動公衆送信し得るようにしていたことを裏付ける証拠はないから、これを認めることはできない。

まあ、デジタルデータをハードディスクのサーバ」という珍しいコンピュータに保存していたり、明らかな違法行為である無断複製をするような輩がわざわざ「本件契約書式に基づく合意が成立していない写真家」のデータだけを社員のパソコンからアクセス出来ない(準備作業を行っていた社員4人においてのみ閲覧可能な)別のデータベースに保存していたなどとは、にわかに信じられないのではあるが、「裏付ける証拠はないから」と切り捨てられてしまったのは残念である。

最近、小学館がデジタル雑誌として創刊した7つの雑誌については、元々配信目的で創刊されたわけで、当然公衆送信を前提に撮影されているはずであるから問題はないだろうが、紙の雑誌をWEB上で閲覧可能としている場合には公衆送信のための契約が締結されていなければ「送信可能化権侵害」となるわけで、今後も注意深く見守る必要がある。

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2007年7月 6日 (金)

物言えぬ写真家たち

「宣伝会議」との著作権侵害裁判を戦った写真家A氏は自身のブログ
「…継続して仕事をもらうために、ことを荒立てるより、泣き寝入りで我慢するのである。」

と、「写真家の権利を普通に主張し、写真家の財産を守るべくために、立ち上がった」写真家A氏以外の写真家たちの立場について述べているが、これは「小学館サライ著作権侵害裁判」についても全く同じ。

被告小学館が写真貸し出し業に利用するために無断複製を行った可能性のある写真家数は実に100名以上にもなり、うち数名の無断複製は確認済みなのだが、小学館に対して異議を申し立てたのは原告ただ一人。

写真使用契約書」は任意の契約だとの説明で契約しなかったために仕事を切られ、他社の仕事にも影響を及ぼされた原告の姿を見れば、誰だって生活を犠牲にまでして異議など申し立てたくはないであろう。

しかしながら、小学館は近々大改正が行われようとしている著作権法を睨み、掲載写真のデジタルデータベース化、ポジフィルム所有権の主張、雑誌のネット配信などの既成事実を積み重ね、着々とジャイアン化(お前のものは俺のもの、俺のものも俺のもの)を進行させているのである。

著作権をないがしろにするジャイアン的な出版社にとって、「物言わぬ(言えぬ)写真家たち」の存在は、まさに思う壺。
立法の現場は多数決が大原則ではあるが、「声の大きい方」の意見が通りやすいことも事実。気がついたら「著作権」というトーゼンの権利が絵に描いた餅に成り下がっていた…などということがないように願いたいものである。

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2007年7月 3日 (火)

踏み絵

ここ数年、出版不況を反映してか出版社から写真家に不利な契約を一方的に押し付けられるケースが増えている。

著作権を出版社に帰属するという契約、通常の一回使用権を拡大し使用権を出版社側に帰属するようにし、無料で自由に使用できるとする契約、出版社がデジタル化したデータを第三者に貸し出し、出版社側が五割もの使用権料や手数料を徴収するというものなど様々である。なかには契約内容そのものが「守秘義務」であるとする契約書まで存在する始末。

大手出版社においてもこの例外ではなく、デジタル時代の到来を反映し電子メディアへの利用、公衆送信権などといった用語が並べられた契約書を一方的に提示され署名捺印することを求めらる。

小学館サライ著作権侵害裁判」は、このような状況の中で引起された悪質な著作権侵害事件であり、「写真使用契約書」がすべての始まりだった。

「納得できないけれども、この契約書にサインしなければ仕事がなくなってしまうかもしれない」という写真家の心理につけ込んだ巧妙な一種の踏絵のようなものともいえる。

原告も5年間ほど継続的に仕事依頼を受けていた小学館サライ編集部から、撮影したオリジナルポジをデジタル・データベース化しフォトエージェンシー業に利用するという契約書を提示されたのだが、出版社にかなり有利な内容となっていた。担当者は「契約は写真家の自由であり、契約有無で(サライの)撮影依頼は左右されない」と明言したため、この契約を断ったのだが、実際にはその4ヵ月後からは仕事の依頼は全くなくなり、経済的にも大きな打撃を受けた。

サライの企画に原告を推してくれたライターに対して、この担当編集者は「いやぁ~、今回は別のカメラマンを考えていたんだけれども…」「(著作権)にうるさくない人をお願いします…」などと語ったという。

考えようによっては、それだけ出版社側にも写真家の権利というものが理解され浸透してきたともいえ、これまで「通例」と言う曖昧だった約束事を写真家と出版社が契約書を交わし明文化するということ自体は歓迎すべきことだろう。

しかしながら現実は前述のように、出版社側とってに都合の良い「契約書」という名の「踏絵」が一方的に提示されているのが現状で、苦しい台所事情の出版社側がなりふり構わぬ行動に出たともいえる。

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2007年6月30日 (土)

サライはブラックボックス

「サライ編集部はブラックボックス」と感想を漏らしたのは法務関係者。

本来であれば他の出版社同様、小学館でもすべての契約書は法務関係部署のチェックを経た書類が我々著作者へと提示されるはずなんだが、サライ編集部においては法務関係部署を経ることなく「写真使用契約書」などの重要書類を勝手に著作者へと提示していると言うわけである。

考えてみれば、この「写真使用契約書」だけじゃなくって、サライ掲載写真を単行本化した時の「出版権設定契約書」にいたっては、単行本の発売から一月を経てからようやく、印税率や保証部数などの重要な内容を含む書類が初めて提示されるなど滅茶苦茶である。

仮に提示された内容が認められなくって、契約を締結しなかったらどうなっていたのだろうか?

そう考えれば「写真使用契約書」などの重要書類の勝手な提示も、編集部による「暴走行為」であると受け止めることが出来る。

…で、法務関係者の先の発言となる。

なんだか、小学館内部からも今回の「小学館サライ著作権侵害裁判」、「(社内正常化のためにも??)提訴して欲しかった……などという声も聞こえてきそうなのだが、判決を経て正常化されるのかと思いきや、違法行為を指示した当事者が昇進してしまうなど、背後ではよほど強い力が働いているのか?

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2007年6月29日 (金)

買い取り

小学館サライ著作権侵害裁判」の提訴前より、被告小学館はフィルム代や現像代などを経費として支払っているから、納品と同時にポジフィルムの所有権が被告に移ったとしていたが、第11回裁判で、被告双方に裁判官からポジフィルムの所有権の発生時について質問された折りには「原告が被告雑誌に使用するために原告の費用においてフィルムを購入した時点だ」として、それまでの主張とは食い違う主張をしている。

被告としてはフィルム代や現像代などを経費として支払っているから、業界で言うところのいわゆる「買い取り」だと主張したかったのだろうが、判決では

「原告と被告間の合意においては、経費としての支払と、上記のとおり、掲載された場合の許諾料の支払があるものの、それ以上に、ポジフィルムの所有権が被告に帰属することを考慮した、対価、報酬等の金員の支払がされたとは認められず、記の各支払が当該趣旨を含むことをうかがわせる事情も認められない。判決30頁

と、被告の主張を切り捨てている。

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2007年6月28日 (木)

ジャイアンふたたび

小学館サライ著作権侵害裁判で、被告はサライに掲載された後の写真の二次利用についてもコントロールを及ぼしうるとして他の雑誌社に持ち込むことを禁止していると主張している。

ところが、不思議なことに、原告が被告に「他社の雑誌取材で過去に撮影した」として貸し出した写真については、当該出版社に権利関係を確認することもなく、またどのような雑誌で使用された写真なのかも確認することもないまま躊躇なくサライへと掲載している。

この点について被告は「原告が了解を得た上で被告に提供しているものと理解している」(被告準備書面4-6頁)とし、サライ編集長は陳述書(9頁)の中で「サライ編集部が、総力を結集して完成させた掲載写真を、他の媒体が取材すら要せず安易に利用できるとすれば、いたずらにその媒体を利するだけです。」主張している。

このように被告は、原告が他の出版社から撮影の依頼を受けて撮影した写真ポジフィルムについては、自由に二次使用できるけれども、自社が原告に撮影を依頼して撮影された写真ポジフィルムについては、他社への二次使用を許さないなどと主張しているから呆れてしまう。

またしてもジャイアンかぁ~
「お前のものは俺のもの、俺のものも俺のもの」

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2007年6月27日 (水)

村上ファンドとの共通点

「聞いちゃったかと言われれば聞いちゃった…」と発言し、ニッポン放送株のインサイダー取引で、証券取引法違反罪に問われた「もの言う株主」こと、村上ファンドの前代表村上世彰氏のマスコミのカメラの前で罪を認めたのは記憶に新しいところ。

しかしながら、村上氏は裁判が始まると一転して前言を撤回し、インサイダー取引ではなかったと起訴事実を否認している。

一度は認めた罪を裁判で撤回、このような話って、どこかで聞いたような気が……。

おっ!このパターンって、小学館サライ著作権侵害裁判と同じじゃないか!

提訴後のある日メールで、著作権侵害で雑誌宣伝会議を提訴した某写真家から裁判に臨むアドバイスをいただいた。

その中で
「裁判になると相手は平気でウソを付いてきます」というくだりが半信半疑ではあったが気になっていた。

実際に小学館サライ著作権侵害裁判が始まると被告小学館は、このアドバイスの通り、文書や口頭で一度は認めていた罪を一転して否認し、聞いてきたような嘘を並べ立てることになる。

複製権侵害をした
    ↓
複製権侵害の事実はない

デジタルデータをCD-ROMに保存した
    ↓
サーバのハードディスクに蓄積保存した

フロッピーのようなもので入稿した
    ↓
デジタルデータは利用していない

営業妨害は編集部の写真使用権に対する認識が間違っていた
    ↓
営業妨害の事実はない

デジタルデータは社員のパソコンから閲覧できる
    ↓
サーバは4人の社員に対してのみサーバ機能を負わせていた

等々、数えればきりがないほどである。

これって冤罪事件などでありがちな警察官による執拗な取調べの結果、嘘の自白をしてしまった数多くの事例などとは次元が違うのだが。

真実を明らかにするのが裁判……ではないことだけは確かなようだ。

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2007年6月26日 (火)

版権という死語

版権という用語、著作財産権の旧称、明治の時代の「いにしえの用語」であり、現在では用いられることのない「死語」といえる。

…のだが、日本を代表する出版社の一つである小学館では現在でもこの「版権」という死語を持ち出して、自らの権利を主張し営業妨害を行った実態がある。

この営業妨害は「小学館サライ著作権侵害裁判」の提訴理由の一つにもなっている。

被告による営業妨害の有無について原告の主張(判決より)
被告は、平成15年8月ころ、広告制作プロダクションから、原告撮影に係るサライ掲載写真を旅行パンフレットに使用したいとの申入れを受けた際、原告の許諾を得るとともに、当該写真が写されたポジフィルムの交付を要請した同プロダグションに対し、自社の版権なるものを主張し、原告に支払う許諾料と同額の対価を支払うように請求した。そのため、同プロダクションは、原告の写真を使用するために、想定していた金額の倍額を支払わなければならなくなり、予算的に受け入れることができなかったため、当該写真の使用を断念した。
被告の上記行為は、原告の、当該写真使用許諾により得られるはずであった許諾料を失わせるものであり、営業妨害の不法行為を構成する。

このようにサライ編集部では、何の根拠か原告の写真について自らの「版権」なるものを主張し、原告への支払い額と同額の使用料を被告へも支払うよう写真貸し出しを求めたプロダクションに請求し、取引を破綻させた事実があり、被告も「写真使用権について編集部の認識が誤っておりました」と謝罪していたのだが、何故か判決では

争点4 被告による営業妨害の有無について 34頁
被告において、当該ポジフィルムの所有権が被告にあるとの認識に基づいて、使用料等の請求を行ったものであるか否かは、必ずしも明らかでない上、仮に、そのような認識を有していたとしても、雑誌の発行者として、当該雑誌の誌面に掲載された写真について、二次使用を希望する第三者に対し、何らかの金銭請求をすることは、金額が不相当に高額でない限り、それ自体で違法な行為であるとまで評価することはできない

として、認められなかった。

「被告の版権」を主張して、ひとつの取引を破綻させた責任が判決で認められなかったのは残念ではあるが、現代の出版社であるはずの小学館の編集者が「版権」などというカビの生えた用語をいまだに使用し続けたり、平気で大量に無断複製するなんて、社員に対する著作権教育はどうなっているんだろうなと心配になってくる。

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2007年6月25日 (月)

貴重な財産

小学館サライ著作権侵害裁判」で被告小学館サライ編集長は陳述書(8頁)の中で次のような主張をしている。

「取材先には、前述のように特定のサライへの掲載を前提として写真撮影をお願いし、その許可を得て撮影をしています。取材先は、サライという雑誌のクオリティや実績を踏まえて取材を快諾してくださるのです。こうした信頼関係の積み重ねが、次のよりよい取材につながるのであって、サライ編集部にとってはかけがえのない貴重な財産なのです。」

中にはサライというブランド名で取材を快諾する場合や編集者が直接取材交渉を行った場合がないわけではないが、取材先がライターや写真家の元々の知人であったため、これまでの取材などで培ってきた信頼関係やライターや写真家の人柄で取材を快諾してもらってる場合の方が多い。

このように、サライの取材自体がライターや写真家の人脈や知識により成り立っていることが多くの部分を占め、これらはそれぞれのライターや写真家自身の「かけがえのない貴重な財産」だ。

これを、編集長という立場にもかかわらず、他人の財産を自らの財産であると主張するなどきわめて傲慢な考え方である。

ここでもまた、「お前のものは俺のもの、俺のものも俺のもの」というジャイアン的な性格が顔を出し、ポジフィルムの所有権ばかりか、ライターや写真家の人脈や知識までをも自らの財産であると主張する。

被告小学館にとっての財産は、出来上がった雑誌そのものであり、ライターや写真家自身の財産を含むものではない。もし、それらをすべて自己の財産としたいのであれば、雑誌作りにかかわるライター、写真家、デザイナーなど、すべてのスタッフを社員でまかなうべきである。サライ編集長こそ、雑誌を作る立場でありながら雑誌が「多くの人々の共同作業によって完成にいたる」ことを忘れてるのではないだろうか。

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2007年6月24日 (日)

ジャイアン

「お前のものは俺のもの、俺のものも俺のもの。」

これは、ドラえもんに登場する「のび太君」のクラスメイト、ジャイアンの台詞だ。

「偽ドラえもん和解」のニュースと「小学館サライ著作権侵害裁判」が連日報道された頃、2ちゃんねるの掲示板では、小学館とはまるでジャイアンのような自己中心的な会社であるとの書き込みがあった。

「お前のものは俺のもの、俺のものも俺のもの。」
これって、まさに小学館が主張している内容そのものではないか!

ジャイアンの性格
クラスのガキ大将であり、短気と毒舌なゆえに粗暴で言う事を友達が聞かないとすぐ怒鳴って殴るため、皆に恐れられている。また、「お前のものは俺のもの、俺のものも俺のもの」というセリフに代表されるように、きわめて自己中心的(ジャイアニズム)であり、強引に人の漫画やゲーム等を取り上げたり、「ムシャクシャしている」という理由でのび太等を殴ったりしている。(出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

なんだか、ジャイアンの性格って小学館とよく似ているね。

なにも、「ドラえもん」を出版している会社だからと言って、そのままを実践することもないとは思うのだが……。
そんなことやっているから、誰がどう見ても著作権侵害である「ドラえもん最終話」の掲示板でも「恥を知れ腐れ出版社め」なんて攻撃されちゃうんだよ。

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2007年6月23日 (土)

買い叩き

小学館は2月期決算で「広告」と映画・デジタル関連の「その他」部門が好調で、総売上げで講談社を上回ったそうである。

これは雑誌制作において経費削減効果が現れた結果でもあるのだろうが、特にサライ編集部では、他人の著作物を勝手にデジタル化してフォトエージェンシー業に利用して儲けようと(儲けた?)したり、単行本の写真印税率を2パーセントという信じ難い数字を提示したり、単行本30ページ分の写真原稿料をわずか5万円に抑えたりと大幅なコストダウンに成功している。

これはひとえに、著作者である写真家やライターから搾取した恩恵であるとも言える。

売上が伸びないのなら、著作者はもちろん社員も大幅に給料がカットされなきゃいけないはずなんだが、かの会社は著者から削ると言う発想しか持ち合わせていないようで、独占禁止法で禁止されている「買い叩き」が横行しているのである。

小学館サライ著作権侵害裁判」で犯罪(著作権侵害は立派な犯罪)を指示した編集長が降格ではなく新執行役員に任命される信じ難い人事、われわら写真家やライターから搾取した原稿料で大幅コスト削減に成功したご褒美なのか……。

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